リーダーインタビュー
敷地広明
RELAXATION aimu 代表 敷地広明 https://relaxationaimu.jp/

Profile

2008年〜四年制大学卒業後、業界大手リラクゼーションサロンに入社。3,000名中でトップのセラピストに弟子入りし5年間従事。その師からダイアナ元王妃専属マッサージ師の技術を学ぶ。入社して1年10ヵ月、同社エリアマネージャーに男性初採用。都内7店舗の管理を任され、数百名のセラピストを育成。
2011年〜世田谷区のサロンより声をかけていただき、2号店の責任者として立ち上げに奔走。
2014年〜サロン開業。在籍セラピスト20名のトップセラピストとしてサロンを運営。ホテル26社と提携し、客室リラクゼーションの運営を10年行う。在宅鍼灸マッサージ事業は7年。
2019年、サロン事業売却。
2020年〜元内閣総理大臣である田中角栄氏の専属マッサージ師に従事し、さらなる高みを目指し猛勉強。世田谷区成城にてサロンをオープン。
2021年〜ガーナのカカオ農園応援プロジェクトに参画。
2022年〜プロの中でもキャリア15年以上のベテランセラピストを中心に交流会を開催。東京出張リラクゼーションサービスを展開。
2024年〜『ため息を、深呼吸に』書籍出版。ネパール現地法人を設立。人材紹介・就労支援サービスを準備中。
2025年〜高知本社事業譲渡。東京出張フェムケアリラクゼーション事業の展開。セラピストスクール運営準備中。

現在の仕事についた経緯

大学時代、東南アジアにおける貧困と開発について学ぶ中で、世界中から飢餓をなくすことを自らの使命として意識するようになりました。その過程で私は、飢餓には大きく分けて「経済的飢餓」と「精神的飢餓」の二つがあるのではないかと考えるようになりました。
その考えに至るきっかけとなったのが、中学時代からの友人がうつを患い、半年間にわたり毎日3時間、相談を受け続けた経験です。この経験を通して心のケアの重要性を強く感じ、心理カウンセラーの資格を取得しました。さらに予防学にも関心を深めていく中で、日常の中にこそ「癒し」が不可欠であるという確信に至りました。

仕事へのこだわり

「質より量」
今から18年ほど前、男性セラピストはまだ本当に少ない時代でした。百貨店や商業施設に入るリラクゼーションサロンは、エステサロンと似通った側面が多く、「女性のための職場」という認識が一般的でした。そのため、「なぜ男性がいるの?」「男性以外でお願いします」といった、いわゆる逆指名を受けることもありました。

デビュー当初は、サービス力も技術力も未熟で、自信もありませんでした。ただ、当時全国に約300店舗を展開していた最大手のリラクゼーションサロンのトップサロンに勤務させていただいたことで、非常に厳しい指導を受ける環境に身を置くことができました。
サロンデビュー初月は、とにかく施術練習とタオルワークのみ。お客さまに触れることは一切許されませんでした。それでも一日も早くお客さまに喜んでいただきたい一心で、誰よりも早くサロンに入り、誰よりも遅くまで練習を続けました。練習は一人ではできないため、尊敬する先輩セラピストに声をかけ、時間を割いて付き合っていただきました。

また、新人セラピストとしてできることは限られていましたが、施設周辺でのチラシ配りにも全力で取り組みました。最初は緊張していましたが、次第に誰よりも早く、誰よりも多く配れるようになっていきました。その結果、サロンデビューから1年後には、全国の同期の中でもトップクラスの指名数と売上を達成することができました。

さらにその10か月後には、サロンの店長、もしくは本社で男性初のマネージャーになるか、というお話をいただきました。私はマネージャーの道を選び、その後、独立されたトップセラピストの方から声をかけていただき、2号店立ち上げの責任者に抜擢していただきました。

振り返ると、新人時代から今日に至るまで、ただただ良いご縁に恵まれ、そして泥くさくやり続けてきただけなのかもしれません。それこそが、私自身のこだわりなのだと感じています。

若者へのメッセージ

一度きりの人生、楽しみましょう。
「何が楽しいのかわからない」「そんな簡単に楽しめるなら、とっくにしている」
そう思われる方もいるかもしれません。
でも、「楽しもう」と思えたその瞬間、すでに楽しんでいる証なのだと、私は思います。

世界には、戦争、紛争、貧困、事件、事故など、抗うことのできない状況の中で、日々を必死に生き抜いている人たちがいます。
以前、インドのスラム街でインタビューをさせていただいたことがあります。そこでは、二畳半ほどの家に7人で暮らし、3日前に5歳になる息子さんを病気で亡くしたというお母さんが、涙ながらに話をしてくれました。その理由は、500円の薬が買えなかったからでした。

日本に生まれ、いじめをし、いじめられ、社長になり——もちろん、他にも大変だと感じることはたくさんあります。けれど、そのお母さんが語ってくれた、毎日が死と隣り合わせであるという感覚は、私にとって本当に衝撃的で、圧倒されるものでした。そこには「楽しもう」なんて余裕はなく、ただどうやって生きていくか。文字通り、必死に生きるということを突きつけられた気がしました。

だからこそ、「楽しもう」と思えること自体が、すでに楽しく、そして幸せなことなのだと思うのです。この話を極端だと感じる方もいるかもしれません。それでもいいと思っています。

感じるままに、思うままに。
まずは、自分の気持ちが「心地いい」と思えることを探すところから、始めてみてもらえたら嬉しいです。

拙い文章ではありますが、ここまで読んでくださったやさしい若き方へ。
ありがとうございます。応援しています。